秘密主義


木にへばりついて固まっているリスに気づいているのか、気づいていないのか、
気づいているのに気づかないフリをしているのかって?


絶対に教えない。

書評:日本人の国際結婚 カナダからの報告(サンダース宮松敬子・著、彩流社)


国際結婚に関連した本はいくつも出版されている。
作者の自伝的コミック「ダーリンは外国人」は今年映画化されるほどの人気だし、
この作品を筆頭に「ダーリンは○○人」といった体験エッセイがずいぶん出版されている。

しかし、本書「日本人の国際結婚 カナダからの報告」はそれらとは一線を画する、
データとインタビューをベースに冷静な視点で書かれたノンフィクションだ。

著者のサンダース宮松敬子氏もカナダで国際結婚した一人だが、
自身の体験談よりも、自ら行ったカナダ全土を対象にしたアンケート調査により
ジャーナリストならではの鋭い切り口で
さまざまな方向から「国際結婚」を解体、検証している。

特に日本人の妻や夫の声だけでなく、
カナダ人の夫や妻のリアルな考えや本音を引き出すことに成功しており、
それら一つひとつが非常に興味深い。
また、同性婚や国際離婚、さらに子供の親権問題にかかわるハーグ条約についても触れている。

また、北米文化の現実や日本ではあまり知られていないリドレス、
トロントの日系コミュニティーにまで言及しており、
読みやすい言葉ながら、多くの情報がつめこまれた充実の1冊だ。

本書はアマゾンなどで購入可能。
カナダ在住の方で、著者より直接ご購入をご希望の場合はメールでお問合せを。

カナダデー、思い出アルバム

カナダデーの週末に発見したものイロイロ。


カップケーキ屋さんで見つけた、カナダデーらしいカップケーキ。ちりばめられたメープルリーフが可愛い。


さらにちょっと変わったこんなカップケーキも。トロントのホームチーム、ブルージェイズを応援するときの必須アイテム?


トロントのオンタリオ湖畔で開催されていたトールシップ・フェスティバル。遠目で見ても相当大きい。


日差しの強い日だったが、日傘をさしたシルバーレディも元気にパフォーマンス。

デモの暴徒化などで多くの逮捕者が出たG20サミットの混乱から1週間、トロントに平和な夏が戻ってきたと実感した週末だった。

トウモロコシは夏の味

トウモロコシといえば、夏である。
子供の頃、プールから上がった後、突如として襲ってくる空腹感を満たしてくれる食べ物。
それがトウモロコシだった。

最近、スーパーで見かけたトウモロコシを手に取ったとき、
そんな夏の日のひとコマがよみがえり、思わずカゴに入れた。

私は自他ともに認める料理音痴。
もちろん、トウモロコシをおいしく茹で上げた過去はない。

インターネットで得た情報を頼りにゆでてみると、
信じられないくらい美味しくできたので、そのヒントをこっそり紹介しよう。

トウモコロシは皮をむいた途端に鮮度が落ちるそうだ。
なので、買ったらすぐゆでる、が鉄則。

そして、ゆでる時、皮を1枚残す。
残ったヒゲもそのまま。



お鍋には水とたっぷりめの塩。
トウモロコシは皮が上になるように入れること。
これだけ。

水から始めて、沸騰してから5分くらいで上げる(ゆで時間は種類によって調節)。
ほどほどに冷めて、手で触れるくらいになったら、皮とヒゲをとる。
できあがり。



甘くて美味しい。
トロントはしばらく続いた夏日から一転、涼しい日が続いているが、
この味はやっぱり夏気分にさせてくれる。

手紙

ここのところ、収納クローゼンットのドアを開いては、古い書類の整理などに精を出している。
2年前の引越しの際に、ずいぶん物を捨て、身の回りをコンパクトにしたつもりだったが、
保存期間を過ぎた書類が膨大な量になっていたし、
一体これは?と思うものもゴロゴロ出てくる。

毎月郵送されてきた請求書や銀行の明細書などの書類が一番多かった。
今でこそ、これらの書類はすべて電子化され、郵便で受け取ることは最早なくなったが、
手紙で請求書を受け取り、小切手で料金を支払っていたのは、それほど昔のことではなかった。

ペーパーレス時代になって数年が経つ。
こんな風に古い書類をヒーヒー言いながらシュレダーにかけることも、いずれなくなるだろう。
紙の無駄、電力の無駄が軽減されるし、これはきっと良いことなのだろうなと思う。

さてと、と思って、別のボックスの蓋を開けると、
昔、手がけていた日系新聞「The New Canadian」が数号分、
それと郵便物が入った袋が出てきた。
すでに日に焼けた新聞は、それでも大して傷んでいない。
日付を見ると、1997年、2000年、2001年などとある。

当時、ある人から「君はいずれ捨てられるものを作っている」と言われたことがあった。
その言葉にひどく傷ついたものだ。
新聞は確かに読み終われば、その役目は終わり、捨てられるものかもしれない。
しかし、私の中には、日系社会の足跡を記録する役目を担っているという自負があった。

「捨てられるもの」という言葉が、
飲み込みたいのに飲む下せない、ノドにひっかかった苦い薬のように
私の心に強くひっかかったものだ。

そんなことを思い出しながら、今度は郵便物がつまった袋をざざっとひっくり返す。
すると、友人・知人から送られてきた手紙が、
丸いテーブルの上に小さな池のように広がった。

今はEメールがあるから、こんな風に手紙を受け取ることはほとんどない。
その手軽さのおかげでやりとりも頻繁になり、
時差や会わない期間の温度差を感じないことさえある。

さて、手紙。これをどうするか。

何気なく手にとったのは妹からのクリスマスカードだった。
「カナダにカードを送るのはこれで4回目になりました」とある。
そんな出だしの後、楽しげな文字の近況報告が続いた。
懐かしい写真を見ているようなほっこりした気持ちになった。

別の手紙を手にとってみる。
開くと、その時の空気がそのままこぼれてくるようだった。

一つひとつはかけがえのない記録であった。
別れ、再会、お礼、お祝い、約束・・・
手書きの文字は、書いてくれたその人の気持ちが確かに映し出されている。
細くて消え入りそうなボールペン文字があったり、
太くて勇ましい筆文字があったり、
いろいろな筆記用具を使った、いろいろな文字がある。
どれもこれも全部違う、もう今ではほとんど見ることのない、人が書いた文字である。

中には、連絡が途絶えて何年も経つ友人がいた。
その友人たちの文字を眺めながら、彼らに思いを馳せる。
これらの手紙は、彼らと出会って過ごした証しだった。

私も数年前から、ペーパーレスを実行しようと、
年末年始の挨拶もEメールをメインにするようになった。
郵便で手紙を出すことも日常的にはほとんどない。
時間もお金も節約できるし、メリットは確かに大きい。
それでも、胸の奥に曖昧な喪失感があった。

待っていた手紙が届いたときの喜び、
覚悟して手紙を開いたときの落胆、
思いがけない人からの手紙を受け取った驚き・・・
そういったことが日常を彩ってきたことも事実なのだ。

捨てた方がいいものもあるし、捨てなければ前に進めないことも確かにある。
手紙の束は重たく、普段は使うことのない代物だ。
でも、手紙はすべて、袋に戻して、元通りボックスに収めた。
いつか時がくれば、また開くこともあるだろう。
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